2014年8月21日木曜日

我が『成語林』集:随時追加

『成語林』という、故事ことわざ慣用句を集めた辞典がある(旺文社)。読んでいて、なるほど、と思う言葉が満載されている。ちょっと覚えておきたい言葉があり、このブログは其のメモ代わりに、そのような言葉を記録する。随時、追加。
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・あなずる葛(かずら)に倒される、p.37
「あなずる」は「侮(あなど)る」のこと。(かずらなどは弱いものだと思って油断すると、そのかずらに足をひっかけて倒されるという意から)
相手を見下してかかると思わぬ不覚をとり、痛い目にあうといういましめ。

・彼方(あなた)を祝えば此方(こなた)の怨み、p37
一方にとっての幸せは、他方にとっては不幸せとなる。一方に有利なことは他方に不利ということになるので、両方ともによいという状態にするのは難しいということ。

・有っても無くても猫の尻尾(しっぽ)、p33
あってもなくてもいいものたとえ。

・当て事と越中褌(ふんどし)は向うから外れる、p33
こちらだけであてにしていることは(越中褌ではないが)しばしば先方の都合や、思いがけぬことではずれるものだということ。

・後足(あとあし)で砂をかける、p33
(犬などが走りさるときに後方に土砂をはねあげるようすから)
恩義を受けた人に感謝するどころか平然と裏切ったあげく、さらに迷惑や損害を与えて去っていくことのたとえ。

・後から剝(は)げる正月言葉、p34
(「正月言葉」は、表面を飾った言葉や御世辞の意)
美辞麗句やお追従(ついしょう)などの聞き心地よい言葉は、いいかげんで誠意がないのないことが、言ったあとからすぐ分かってしまうものだということ。

・後腹(あとばら)が病める、p36
(分娩後、後にしばらく続く腹痛から)
何かが終わったあとも、それに関連した出費が続いたり、悩まされたりすることのたとえ。

・仇(あだ)も情けも我が身より出る、p29
人が自分を憎むのも愛するのも、自分の日頃の心がけや行いしだいであるということ。

・新しい畳でも叩けばゴミが出る、p30
どんなにりっぱだと思っても、強いて探せば欠陥は多少なりとも出るものである。むりに人の欠点をほじくり出すものではないということ。

・当たらぬ先(さき)の矢応え、p30
(射た矢がまだ的にとどかないのに、当たったと手ごたえを感じる意から)
全くあてにならないことの例え。

・あたりき車力(しゃりき)、p30
(当たりまえであることの意を、歯切れよく、しゃれていったもの。

・明日の百より今日の五十、p25
あす手に入るかもしれないことをという不確実なことをあてにするより、今日少しでも確実に手にすることのできるもののほうがよいということ。

・あだし野の露、鳥辺野の煙、p26
(墓場の露、火葬場の煙となって消えていく意かで)人がはかなく死んでいくことのたとえ。
「あだし野」は「仇野」「徒野」「化野」とも書く。「鳥辺野」は「「鳥辺山」「鳥部野」とも書く。

・頭抑えりゃ尻上がる、p27
(一方を抑えれば他方が上がるという意から)両方とも思いどおりにすることは難しいということ。

・頭の上の蠅も追(お)えない、p28
自分のことを自分で解決できないこと。

・頭の上の蠅を追(お)え、p28
人のことをとやかく言うよりも、まず自分のことを始末しなさいの意。

・頭の濡れぬ思案、p28
(頭が雨に濡れないような手立てから)
遠い先のことよりも、まず自分に関ることにについて充分な思慮が重要であるということ。

・足を入れる、p23
1.はいり込む。また、ある物事に関係をもつようになる。
2.日本舞で、片方の足を他方の足の前に交差するように踏み出す。

・足を削りて履(くつ)に適せしむ、p23
(足を削って靴の大きさに合わせることから)事の本末を取り違えていることのたとえ。

・足を知らずして履(くつ)を為(つく)る、p23
(「履」は「わら靴」。人の足の大小はおおよそ決まっているので、いちいち足の寸法を寸法をはからなくても靴をつくることができる意から)
人の本性もそれほど違いはないということ。

・足を万里(ばんり)の流れに濯(そそ)ぐ、p24
(万里もある長く大きい川で足を汚れを洗う意から)
俗世間を超越して清廉に生きることのたとえ。

・垢(あか)は擦(こす)るほど出る、粗(あら)は探すほど出る、p7
体の垢はこすればこするほど出るものだし、人の欠点は探せばいくらでもみつかるものだ。粗さがしはほどほどにせよといういましめ。

・秋の扇、p9
(秋になったらいらなくなった扇のように、男の愛を失って捨てられた女のたとえ。

・朝腹(あさばら)の茶漬け、p19
朝食の前の腹のすいているときにお茶漬けを食べても、たいして腹のたしにならない。いっこうにこたえないこと、また、ごくたやすいことのたとえ。

・阿闍梨(あじゃり)死して事欠(ことか)けず、p22
(阿闍梨は、徳が高く人々の師となる高僧の意)
徳や地位の高い人が実務に携わってない人は、死んでも具体的な業務に支障がないということ。

・相手のない喧嘩はできない、p4
けんかをしかけられても相手になるな、といういましめ。

・青柿が熟柿(じゅくし)を弔う、p5
遠からず自分も同じことになるのを忘れ、他をかれこれ言うおろかさのたとえ。

・青菜(青菜)は男に見せるな、p6
事実を知らない者に疑われそうなことは、なるべくそっとしておいたほうがよい、というたとえ。

・明るけりゃ月夜だと思う、p7
考えが単純で物事を知らないことのたとえ。

・空き樽は音が高い、p8
中身のない浅はかな者ほど、ぺらぺらとまくしたてることのたとえ。

・空きやで声を嗄(か)らす、p.10
むだな努力を繰り返している者に対する皮肉として用いられる。

・諦めは心の養生、p10
すんでしまったことは、いつまでもくよくよと悔やんでいないで、きっぱりと思いきることが心の健康によいこと。


・悪言の玉は磨き難し、p11
人の悪口を言うことは自分の人徳をひどく損なうもので、その傷は磨いても取り去れるものではないといういましめ。

・あくびを一緒にすれば三日従兄弟(みっかいとこ)、p13
あくびはうつりやすいもので、よくいっしょにあくびをすることがあるが、そうするとなんとなく親近感を覚えるということ。

・明(あ)くる空には行くべし、暮るる空には行くべからず、p14
夜が明けようとしているときなら、暗くてもやがて明るくなるから安心して出発できる。逆に、これから日が暮れるというときには出発するのは危険だからやめたほうがよいということ。

(参考)いまはよくなくても先の見通しが明るいことがはっきりしていれば、多少無理しても断行せよ、逆に落ち目のときは無理はするなという教えと解釈することもできる。

・気がおけない人、p14
気楽に付き合える人の意。誤用に注意。

・上げ舟に物を問え、p15
先を急ぐ者や忙しい人にものを尋ねても、丁寧に教えてはもらえないから、相手を選んで聞け、なにごとも状況や条件をよく考えないと効果があがらないということ。

・朝題目に宵念仏、p18
自分に確固とした考えがないことのたとえ。

・朝風呂丹前長火鉢、p18
気楽な生活のたとえ。

・味ない物の煮え太り、p21
よいものは少なく、くだらないものに限って多くあることのたとえ。

・朝顔(あさがお)の花一時(はなひととき)、p17
(朝顔の花が朝早く咲き、日が昇ればすぐしぼむように)
物事のはかなく、衰えやすいことのたとえ。

・麻殻(あさがら)の火早く消えやすし、p17
麻の皮をはいだ茎をたいた火は、燃えたってもすぐ消えてしまう。
すぐに消えてしまっへせぬ、はかないたとえ。

・浅い川も深く渡れ、p16
浅く見える川も、どんな危険がひそんでいるかも知れないから、深い川を渡るつもりで渡れ。安全に見えるところでも用心せよという教え。

・赤い信女(しんにょ)、p.6
夫に死なれた婦人のこと。
語源:「信女」は仏教における女性の戒名の一つで、男性の「信士」(しんじ)に対する呼称。夫が亡くなると墓石に戒名を刻むが、そのさい妻も戒名を受けて並べて彫っておき、生前は朱(黄色ががった赤色)を塗っておく風習があったことから出た言葉。

・明日食う塩辛に今日から水を飲む、p25
用意周到すぎて、かえって愚かしいことのたとえ。

・頭剃るより心を剃れ、p28
外面より内面のほうが肝心である、ということ。

・能(あた)わざるに非ず、為さざるなり、p31

・悪貨は良貨を駆逐する、p31
「グレッシャムの法則」、Bad money drives out good.

・暑い寒いは気の迷い、p31

・後の喧嘩はゆっくりとせよ、p34
細かな点についてはあとで話し合うことにして、まずは大筋のところだけを最初に決めたほうがよい、ということ。

・あの声で蜥蜴(とかげ)食らうか時鳥(ほととぎす)、p38
人の性格や物事は外見からは判断できないことが多いということのたとえ。

・蛙鳴蝉噪(あめいせんそう)、p42
つまらない文章や、無益な議論をあざけるたとえ。

・過ちは好むところにあり、p44
失敗は、むしろ自分の得意としていることや好きなことをしているとき、気のゆるみから起こりやすいといういましめ。

・有りての厭(いと)い、亡くての偲び、p46
その人が生きているときはいとわしく感じられたたが、亡くなってみると、なつかしく思い出されるということ。

・鮟鱇(あんこう)の待ち食い、p49
働きもせずに利益を得ようとすること、また、そのような要領のよい人をひやかして言う。

・案じるより芋汁、p49
あれこれ心配しても、なるようにしかならないから、芋汁でも食べて気楽に待つほうがよい、そう心配するほどのことでもないということ。

・言いたいことは明日言え、p51
思ったことをその場ですぐ言わないで、よく考えてから言えば、失言はない。

・言えば言い腹(ばら)、p53
よけいなことは言わずに、黙っているにこしたことはない。

・言えば言わるる大鋸屑(おがくず)、p54
どんなことにも、理屈をつけようとすればつかないことはないというたとえ。

・怒りは敵と思え、p55
怒りは自分の身を滅ぼす敵だと思って、慎まなければならないといういましめ。

・石に漱(くちすす)ぎ流れに枕(まくら)す、p62
負け惜しみが強く、言いのがれをすること。自分のまちがいをまちがいと言わず、こじつけて正当化しようとすること。夏目漱石は、この故事から号をとったとのこと。

・何(いず)れ菖蒲(あやめ)か杜若(かきつばた)、p65
どれもすぐれていて、選び出すのに困ることのたとえ。

・Make haste slowly, p66
急がば回れ

・一悪(いちあく)を以て其の善を忘れず、p69
わずかな欠点のために、その人の多くの善行や功績を忘れてはならない。

・一河(いちが)の流れを汲む(も他生の縁)、p69
ちょっとした人間関係も、すべて前世からの因縁だから大切だという教え。

・一言居士(いちげんこじ)、p70
何事にもひと言口出しをしなければ気のすまない性質の人。

・人焉(いずく)んぞ廋(かく)さんや、p947
人間は自分の本性や心の中にあるものを隠そうとしても、最後まで隠せない。人の本性や心の中は、必ず外に出るものである。

・鰯の頭(あたま)の信心から、p107
鰯の頭(かしら、とも読む)のような値打ちのないものでも、信心の対象とする人にとっては非常にありがたく思われるということ。物事を頑固に信じ込んでいる人に対する、からかいの表現として用いることが多い。

・一病息災、p76
「息災」は、災いをとどめること、無事であること。全く病気を持たず健康な人よりも、持病の一つぐらいある人のほうが健康に気を配り、かえって長生きできるということ。

・一枚の紙にも表裏あり、p76
一見簡単なことでも、内実は複雑な場合がある。ものは外見ではわからない。物事は、表面だけでなく、裏表もよく見て対処する必要がある。

・一目(いちもく)の網を以って鳥を得(う)べからず、p77
一つの目の網では鳥は捕えられないという意で、目的を達成するには正しい手段・方法によらなければならないことのたとえ。

・一利(いちり)を興(おこ)すは一害を除くに如(し)かず、p79
何か役にたつことを一つい始めるよりは、これので害になっていたことを一つ取り除いたほうがよいということ。

・一輪咲いても花は花、p79
たとえ一輪咲いただけであっても、花は花の本質を備えている。小さなものでも本質的には劣るところがないということのたとえ。

・一蓮托生(いちれんたくしょう)、p79
運命を共にすること。(現在は善悪を問わず共に用いられる)

・一犬(いっけん)形(かたち)に吠ゆれば百犬声に吠ゆ、p82
だれかが言い始めたうわさなどを、世間の人がみんなそれを本当のことのように言い広めるたとえ。形→影、百犬→千犬、万犬ともいう。

・一生は糾(あざな)える縄の如し、p85
人の一生を見ると、禍(わざわ)いが福になったり、福が禍になったりして、幸・不幸が縒(よ)り合わせた縄のように複雑である。

・(人間万事)塞翁が馬、p436
人生において禍福が定まりがたいことのたとえ。人生の禍福、幸不幸は定まりなく変わりやすいので、いたずらに喜んだり悲しんだりすべきではないということ。

・一滴舌上(いってきぜつじょう)に通じて大海の塩味を知る、p90
海水を一滴味わうだけで大海の水の塩辛いということがわかる。ものごとはその一部を知ることによって、全体を推量することができるというたとえ。

・井戸の中の独り言も三年たてば知れる、p93
どんなに秘密にしておいたことも、いつしかもれてしまうものである。

・田舎の学問より京の昼寝、p94
田舎で一生懸命学問しても成果は知れている。それよりも都でのんびり暮らしたほうが見聞も広まり、知識が身につくということ。

・古(いにしえ)を以って今を制すれば事の変に達せず、p95
昔のやりかたで今の時代を治めようとすれば、時代の変化に応じきれない。何事も時代の変化に応じて対処すべきであるということ。

・犬が西向きゃ尾は東、p95
わかりきっていて、当たり前のことをわざとらしく目新しいうにいったもので、理の当然であることをいう場合のたとえ。(雨の降る日は天気が悪い。北に近けりゃ南に遠い。親父は俺より年上。鶏は裸足。)

・犬に念仏、猫に経、p95
分からないものに、高度な真理、りっぱな道理を説いても意味がないとのたとえ。(馬の耳に念仏)

・犬に論語、p96
道理の通じない者には何を言っても、無駄であることのたとえ。

・犬の糞も所びいき、p96
ありふれた物でも、自分の所の物はよその物よりよいと思い、自慢したくなるという皮肉。

・犬も頼めば糞食わず、p97
自分の意思なら平気やることも、人が頼むともったいぶるあまのじゃくな人間のたとえ。

・要らぬ物も三年たてば用に立つ、p103
いまは不用なものでも、保存しておけば後で役にたつことがある。不必要だからといって、やたらに捨ててはならないという教え。

・いやいや三杯、p103
遠慮は口先ばかりで、本心は違うことに言う。

・違乱(いらん)は未練の相、p103
一度決めたことを破るのは、未練がましい証拠だということ。

・言わぬ心に恥じよ、p107
相手がそのことを言わなくとも、相手が自分を非難したいという気持ちを察したら、それはそれとして反省せよという教え。

・言わぬは言うにまさる
Speech is silver,silence is golden.

・Of thy sorrow be not too sad, of thy joy be not too glad. 、p1351
失意泰然得意淡然

・因果と影法師は付いて離れず、p109
原因と結果はあたかも影のようにつきまとって離れないようとしないものである。

・因果の小車(おぐるま)、p109
原因と結果、特に悪行とその報いは、車が回るように意外と早く巡りめぐってくるということのたとえ。「因果の車」ともいう。

・因果を含める、p109
ものの道理ややむをえない事情をじゅうぶんに話して納得させ、心を決めさせる。
用例:年をとり、重労働のこの仕事は無理なので、因果を含めて辞めてもらった。
(本人がいやがっていることを説得する場合に使う。)

・An bad life, a bad end. p109
因果応報

・引導を渡す、p110
最終的な結論を宣告してあきらめさせること。

・憂(う)いも辛(つら)いも食う(て)の上、p111

・魚心あれば水心
相手がこちらの望むことをしてあげようという気持ちを持てば、こちらもそれ相応にこたえようという気持ちをもつものだということ。
Scratch me, and I'll scratch you. (わたしをかいてくれ、そうすればお前をかいてあげよう。)

・因循姑息(いんじゅんこそく)、p110
ふるい習慣を改めず、一時しのぎの間に合わせをすること。また決断力がなく、ぐずぐずすること。

・魚の目に水見えず、人の目に空見えず、p112
あまり身近にありすぎて、そのものの存在やありがたみがわからないというたとえ。

・うかうか三十、きょろきょろ四十(しじゅう)、p113
年月はまたたくのに間に去り、あっという間に年とってしまうというたとえ。

・浮き世五百八十年、p114
この世をはかなく変わりやすいものだとと思わず、永続性のあるとものと思うこと。

・浮き世の風は思うに任せぬ、p114
世の中には思うどおりにはいかないものが多いものだということ。

・浮き世の苦楽は紙一重、p114

・浮き世は糸瓜(へちま)の皮頭巾、p114
この世は取るに足りないものと考え、何事も気にかけないさまをいう。

・鶯(うぐいす)鳴かせたこともある、p115
いまは年老いてしまったが、若い頃は魅力的で男性にもてはやされたこともある。
「梅干し婆はしなびておれど鶯鳴かせたこともある」

・生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに罔(くら)く、死に死に死に死に死んで死の終わりに罔し、p132
われわれ人間は数え切れないほど生まれては死ぬことを繰り返しているが、生とは何であるか、死とはなんであるか、本当の意味が全くわからない。人間が漠然と生死を繰り返しているだけでその本質的な意味を知ろうとしないことを言ったことば。(空海「秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)

・兎(うさぎ)死して狐悲しむ、p116
今日は人の身、明日はわが身と、同類の不幸を見て同情し悲しむたとえ。

・兎(うさぎ)を見て狗(いぬ)を呼ぶ、p116
手遅れだと思っても間に合うことがあるからすぐに諦めててはいけないということ。
Or 手遅れになること。

・牛に引かれて善光寺参り、p117
思わぬことがきっかけとなって、あるいは、他からの誘いによって、偶然の信仰の道に入ること。現在では、ただ単に、他からの要請で思いがけない所へ行ったり、よいことに巡れ合ったりすることに使われる。

・牛の小便と親の意見は長くても効かぬ、p118
結果的には効果が少ないものだということ。

・牛は水を飲んで乳(ち)とし、蛇は水を毒となす、p118
同じものを用いても、その用い方や、それを用いる人によって、それを有益にしたり、有毒なものにしたりする。

・旨(うま)かった、牛負けた、p130
食べ物を食べて旨かったときのダジャレ。

・馬を相(そう)する之(これ)を廋(そう)に失す、p133
人を見る場合も、相手が貧乏していると、りっぱな人格や才能を見誤ることが多いということ。

・熟柿(うみがき)が熟柿(じゅくがき)を弔(とむら)う、p133
立場や境涯の似た者が、相手を慰めるたとえ。(同病相憐れむ)

・海の事は舟子(ふなこ)に問え、山の事は樵夫(きこり)に問え、p134
何事もその道の専門家に相談するのが最もよいという教え。

・憂(うれ)え身に及びて後(のち)(に)憂うるも及ばず、p138
災難が身にふりかかってきてから心配しだしても遅い。事前に予防することが大切だという教え。

・運・根・鈍(うん・こん・どん)、p139
物事に成功するためには、運の強さと、根気のよさ、愚直なくらいのねばり強さの三つが必要であるという教え。(運・鈍・根ともいう)

・永劫回帰(えいごうかいき)、p141
永劫とは無限に長い年月の意。同じものが無限に繰り返されてくること。ドイツの哲学者・ニーチェが『ツァラツストラはかく語りき』の中で述べた根本思想。あらゆる存在は同一なものが永劫に繰り返される円環的運動の中にあるのであって、現在の一時一時にこそ生の充実があるという説に基づく。永遠回帰ともいう。

・縁なき衆生は度し難し、p153
人のことばを聞こうとしないものは救いようがないということ。

・自彊(じきょう)息(や)まず、p475
「自彊」は「自強」で、自分でつとめ励む意。事に当たって全力を尽くして怠らないこと。
森鷗外の座右の銘とされる。自彊不息。

・駕籠(かご)に乗る人、担(かつ)ぐ人、そのまた草鞋(わらじ)を作る人、p209
人間の世の中は持ちつもたれつであるということ。転じて、世の中にはいろいろな境遇の人がいるということ。

・閻魔(えんま)の色事(いろごと)、p153
似合わしくないことのたとえ。「法師の戦話(いくさばなし)」

・遠慮(えんりょ)なければ近憂(きんゆう)有り、p153
遠い将来のことを考えないで、目先のことばかりとらわれていると、必ず悩みごとや心配ばかりが突然生じるといういましめ。

・鸚鵡(おうむ)能(よ)く言えども飛鳥を離れず、p157
人間がいくらことば巧みに話せても行動がともわなかったり口先ばかりで礼にはずれていたりしては、鳥獣と同じである。

・多いは足らぬ元(もと)、p157
たくさんあると思って気を許していると、使い過ぎて足りなくなってしまうということ。

・多くを聞いて疑いを闕(か)き、慎(つつし)んでその余(あま)りを言うべし、p158
人がいろいろと言うことを聞いて疑問に思ったことはしばらくそのままにしておいて、確かなことだけを慎重に発言していれば、あやまちを犯すことは少ない。

・大鋸屑(おがくず)も言わば言わる、p160
無用な大鋸屑もことば巧みに説明すれば有益なものと言いくるめられる。何事も言い方によってどのようにでも言えるということのたとえ。

・傍(おか)目八目(おかめはちもく)、p161
何か事をしている本人よりも、それをはたで見ている人のほうが、その事の本質・利害・先行きなどを正しく判断できるということ。

・起きて居ながら寝言を言う、p161
わけのわからないことを言う。理屈にあわないたわごとを言う人をからかっていうことば。

・起きて半畳寝て一畳、p161
必要以上の富貴栄華を望んであくせくすべきではないということ。どんなに立派な御殿で住んだところで、人間一人の占める面積は半畳か一畳であるところからいう。「寝れば一畳起きれば半畳」ともいう。

・恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしぼしん)、p166
「恐れ入りました」をしゃれて言ったことば。

・お為(ため)ごかし、p166
表面はいかにも相手の利益をはかるように見せかけ、実は自分の利益をはかること。

・落つれば同じ谷川の水、p167
人間はさまざまな人生を生きても、結局はみんな死に、土になってしまうことのたとえ。「雨霰(あられ)雪や氷と変われども落つるは同じ谷川の水」

・驚き桃の木山椒の木、p172

・音を立てないで流れる川は深い、p172
Still waters run deep.

・思い立つ日を吉日、p180

・及ばざる謗(そし)る、p188
能力の劣る者は、とかくすぐれた者をねたんで、悪口を言うということ。

・(まず)隗(かい)より始めよ、p198
大きな事業も、手近なことから始めるのがよいという教え。転じて、何事も言い出した者から実行すべきであるの意にも用いられる。

・カエサルの物はカエサルに、p199
すべての物はその物の本来あるべきところに戻すべきであるということ。(新約聖書、マタイ伝、22)

・蝸牛(かぎゅう)角上(かくじょう)の争い、p204
かたつむりの角(つの)の上のような、きわめて狭い世界での争い。小さなつまらないことで争うことのたとえ。

・李下(りか)に冠(かんむり)を正さず
・瓜田(かでん)に履(くつ)を入れず、p224
人に疑われるおそれのある行為はするなといういましめ。

・人間は考えることが少なければ少ないほど余計にしゃべる、p256
モンテスキューのことば。

・閑話休題、p262
話が横道にそれたのを本筋にもどすときに、そのはじめにおく語。さて。「閑話」は「間」とも書く。

・気が置けない、p266
気をつかったり遠慮したりする必要がなく、気楽につきあえる。「気の置けない」とも言う。

・木(き)が入る、p268
神事や芝居・相撲などで、開始・終了のとき、また口上を述べるさいに、合図として拍子木が打たれる。